裁判を受ける権利(32条)|裁判の公開と迅速な裁判
憲法32条の裁判を受ける権利を中心に、裁判の公開(82条)と迅速な裁判を受ける権利(37条1項)を判例とともに解説。高田事件や裁判所へのアクセス権など、行政書士試験で問われる重要論点を整理します。
はじめに|裁判を受ける権利の重要性
憲法32条は「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」と定めています。この権利は、基本的人権の侵害に対する最終的な救済手段として、すべての人権保障の基盤となる極めて重要な権利です。
何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。
――日本国憲法32条
いくら憲法が多くの人権を保障していても、それが侵害されたときに裁判所で救済を求めることができなければ、人権保障は「絵に描いた餅」になってしまいます。裁判を受ける権利は、まさに「人権の中の人権」ともいうべき存在です。
本記事では、裁判を受ける権利の内容、裁判の公開原則、迅速な裁判を受ける権利について、判例とともに体系的に解説します。
裁判を受ける権利の内容
32条の保障内容
裁判を受ける権利には、以下の内容が含まれるとされています。
- 民事裁判を受ける権利: 民事上の紛争について、裁判所に訴訟を提起して裁判を受ける権利
- 刑事裁判を受ける権利: 刑事事件において、裁判所の裁判によらなければ刑罰を科されない権利
- 行政裁判を受ける権利: 行政機関の処分に対して、裁判所に取消訴訟等を提起して裁判を受ける権利
「裁判所」の意味
憲法32条にいう「裁判所」とは、憲法76条1項に基づいて設置された裁判所を意味します。すなわち、最高裁判所および法律の定めるところにより設置される下級裁判所(高等裁判所・地方裁判所・家庭裁判所・簡易裁判所)です。
憲法76条2項は「特別裁判所は、これを設置することができない」と定めており、行政機関が終審として裁判を行うことはできません。ただし、行政機関が前審として裁判を行うことは、裁判所への出訴が保障されている限り許容されます。
特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
――日本国憲法76条2項
「裁判」の意味
32条にいう「裁判」が、具体的にどのような内容の裁判を意味するかについては議論があります。
通説は、32条の裁判を受ける権利は、すべての事件について少なくとも1回は正規の裁判所による裁判を受ける機会を保障するものであると解しています。しかし、必ずしも三審制(三回の審級を経る機会)までが憲法上保障されているわけではありません。
最高裁も、三審制は憲法上の要請ではなく、法律によって定められた制度に過ぎないとの立場をとっています。
裁判所へのアクセス権
訴訟費用と裁判を受ける権利
裁判を受ける権利を実質的に保障するためには、裁判所への「アクセス」が確保されていなければなりません。過大な訴訟費用や複雑な手続は、事実上、裁判を受ける権利を侵害する可能性があります。
この観点から、以下のような制度が設けられています。
- 法律扶助制度: 経済的に余裕のない者に対して、弁護士費用や訴訟費用を立て替える制度(総合法律支援法に基づく日本司法支援センター=法テラスによる支援)
- 訴訟救助制度: 訴訟費用を支払う資力がない者に対して、裁判所が訴訟費用の支払いを猶予する制度(民事訴訟法82条)
- 国選弁護制度: 刑事事件において、資力のない被告人に対して国が弁護人を選任する制度(憲法37条3項)
裁判を受ける権利の制限
裁判を受ける権利も、無制限に保障されるわけではありません。法律によって一定の制限が課されることがあります。
- 出訴期間の制限: 行政事件訴訟法は、取消訴訟の出訴期間を処分があったことを知った日から6か月以内(処分の日から1年以内)と定めています(14条)。この出訴期間制限は、法的安定性の確保のために合理的なものとして合憲と解されています。
- 不服申立前置主義: 一定の行政処分について、裁判所に訴訟を提起する前に行政機関に対する不服申立てを経ることを要求する制度です。これも裁判を受ける権利を否定するものではなく、合憲と解されています。
裁判の公開(82条)
裁判公開の原則
憲法82条は、裁判の公開原則を定めています。
裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。
――日本国憲法82条1項
裁判の公開は、裁判の公正さを担保し、国民の裁判に対する信頼を確保するために不可欠な原則です。公開により、裁判官の恣意的な判断を防止し、適正な裁判手続の実現を図る趣旨です。
公開停止の要件
82条2項は、例外的に裁判の対審(口頭弁論等)を非公開とすることを認めています。
裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。
――日本国憲法82条2項
公開停止が認められるための要件は以下のとおりです。
- 裁判官の全員一致: 合議体を構成する裁判官の全員が一致して非公開を決定すること
- 公の秩序又は善良の風俗を害するおそれ: 公開することによって公序良俗に反する事態が生じるおそれがあること
ただし、以下の事件の対審は、常に公開しなければならず、非公開とすることはできません。
- 政治犯罪に関する事件
- 出版に関する犯罪に関する事件
- 憲法第三章で保障する国民の権利が問題となっている事件
判決は常に公開
重要な点として、判決は常に公開法廷で行わなければならないことを押さえておきましょう。対審については例外的に非公開とすることが認められていますが、判決については例外なく公開が要求されます。
レペタ事件(最大判平成元年3月8日)
法廷でのメモ(筆記行為)が裁判の公開との関係で問題となった事件です。
最高裁は、「法廷でメモを取る行為は、尊重に値し、故なく妨げられてはならない」としつつも、法廷における筆記行為の自由は、憲法21条1項の精神に照らして尊重されるべきものではあるが、憲法上の権利として保障されているとまではいえないと判示しました。
そして、法廷における筆記行為を許可するかどうかは、裁判長の法廷における訴訟指揮権(裁判所法71条)の範囲内にあるとしました。
迅速な裁判を受ける権利(37条1項)
37条1項の保障
憲法37条1項は、刑事被告人の権利として「迅速な公開裁判を受ける権利」を保障しています。
すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
――日本国憲法37条1項
迅速な裁判を受ける権利は、刑事裁判が不当に長期化することによって被告人が受ける精神的・経済的・社会的不利益を防止するための権利です。
高田事件(最大判昭和47年12月20日)
迅速な裁判を受ける権利に関する最も重要な判例が、高田事件です。
この事件では、第一審の審理が起訴から約15年間にわたって中断・放置されていたことが問題となりました。最高裁は、以下のように判示して、憲法37条1項に基づく画期的な判断を示しました。
「憲法37条1項の保障する迅速な裁判を受ける権利は、憲法の保障する基本的な人権の一つであり、右条項は、単に迅速な裁判を一般的に保障するために必要な立法上及び司法行政上の措置をとるべきことを要請するにとどまらず、さらに個々の刑事事件について、現実に右の保障に明らかに反し、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判を受ける被告人の権利が害せられたと認められる異常な事態が生じた場合には、これに対処すべき具体的規定がなくても、もはや当該被告人に対する手続の続行を許さず、その審理を打ち切るという非常救済手段がとられるべきことをも認めている」
つまり、迅速な裁判を受ける権利の侵害が著しい場合には、具体的な法律の規定がなくても、裁判の打ち切り(免訴判決)という非常救済手段が認められるとしたのです。
高田事件の意義
高田事件判決の意義は、以下の点にあります。
- 具体的権利性の承認: 37条1項を単なるプログラム規定ではなく、具体的な権利を保障する規定と解した
- 非常救済手段の創設: 法律に明文の規定がなくても、憲法の規定から直接に救済手段(免訴判決)を導いた
- 判断基準の提示: 迅速な裁判の保障に反する「異常な事態」の有無を、遅延の期間・理由・被告人の不利益等を総合的に考慮して判断するとした
公平な裁判所と裁判官の独立
公平な裁判所
37条1項は「公平な裁判所」の裁判を受ける権利も保障しています。ここでいう「公平な裁判所」とは、偏見や予断なく事件を審理する裁判所を意味します。
裁判の公平を確保するための制度として、以下のものがあります。
- 裁判官の除斥: 裁判官が当事者と一定の関係にある場合に、法律上当然にその裁判から排除される制度
- 裁判官の忌避: 裁判官に裁判の公正を妨げるべき事情がある場合に、当事者の申立てにより裁判から排除する制度
- 裁判官の回避: 裁判官が自ら上記の事情を認めて、裁判から退く制度
裁判官の独立(76条3項)
裁判の公平を制度的に保障するために、憲法76条3項は裁判官の独立を定めています。
すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。
――日本国憲法76条3項
裁判官の独立は、外部からの干渉(立法権・行政権からの干渉)だけでなく、司法部内部からの干渉(上級裁判所や裁判所の管理部門からの干渉)からも保護されるものです。
行政事件訴訟と裁判を受ける権利
行政事件訴訟法の意義
行政機関の処分に不服がある場合に裁判所で争う手段を定めたのが、行政事件訴訟法です。この法律は、憲法32条の裁判を受ける権利を行政分野において具体化するものです。
行政書士試験では、行政事件訴訟法は主要な出題科目の一つであり、裁判を受ける権利との関係を理解しておくことが重要です。
行政処分の司法審査
憲法76条2項後段は「行政機関は、終審として裁判を行ふことができない」と定めています。したがって、行政機関が準司法的な手続(審査請求に対する裁決等)を行うことは認められますが、最終的には裁判所による司法審査が保障されていなければなりません。
これを「司法権の優位」といい、行政事件訴訟制度の根拠となっています。
原告適格と裁判を受ける権利
行政事件訴訟法は、取消訴訟の原告適格を「法律上の利益を有する者」に限定しています(9条1項)。この制限が裁判を受ける権利を侵害しないかが問題となりますが、判例は、原告適格の要件は訴訟制度の合理的な運用のために必要なものであり、裁判を受ける権利を侵害しないとしています。
ただし、原告適格が狭く解釈されすぎると、実質的に裁判を受ける機会が奪われることになるため、2004年の行政事件訴訟法改正では、原告適格の判断基準が明確化・拡大されました(9条2項の追加)。
判例の整理
32条・82条・37条1項の主要判例
憲法32条の裁判を受ける権利は、すべての事件について三審制(三回の審級を経る機会)を保障しているものと解されている。○か×か。
憲法82条2項によれば、裁判所が裁判官の過半数の一致で公の秩序を害するおそれがあると決した場合には、対審・判決ともに公開しないで行うことができる。○か×か。
高田事件(最大判昭和47年12月20日)において、最高裁は、約15年間審理が中断・放置されていた事件について、迅速な裁判を受ける権利の侵害を認め、具体的な法律の規定がなくても審理を打ち切るという非常救済手段が認められるとした。○か×か。
まとめ|裁判を受ける権利を体系的に理解する
裁判を受ける権利は、すべての人権保障の基盤となる重要な権利です。
本記事のポイントを整理すると、以下のとおりです。
- 裁判を受ける権利(32条): 民事・刑事・行政のすべてについて裁判所で裁判を受ける権利
- 三審制は憲法上の要請ではない: 法律上の制度にすぎない
- 特別裁判所の禁止(76条2項): 行政機関は終審として裁判できない
- 裁判の公開(82条): 対審は裁判官全員一致で非公開可能、判決は常に公開
- 迅速な裁判(37条1項): 高田事件で具体的権利性と非常救済手段が認められた
- レペタ事件: 法廷メモは尊重に値するが、憲法上の権利ではない
これらの条文と判例は、行政書士試験で繰り返し出題されるテーマです。条文の文言を正確に押さえるとともに、各判例の結論と理由を理解して、確実に得点できるようにしましょう。
法律科目対策
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