(公開 2026/01/22) / 民法

相殺の要件と効果|相殺禁止の場面を整理

相殺の要件(相殺適状)・方法・効果(遡及効)を体系的に解説。不法行為債権による相殺禁止、差押え後の相殺の制限、改正で変わった相殺禁止規定まで行政書士試験の頻出論点を網羅的に整理します。

はじめに|相殺は債権消滅原因の重要テーマ

相殺とは、二人の当事者が互いに同種の債権を有する場合に、一方的な意思表示によって双方の債権を対当額で消滅させる制度です。弁済と並ぶ重要な債権消滅原因であり、行政書士試験では毎年のように出題されています。

特に、相殺が禁止される場面(不法行為債権、差押え後の相殺など)の正確な理解が合否を分けるポイントです。相殺は、単なる「決済の手間を省く制度」ではなく、相手方が無資力になっても自分の債権を事実上回収できるという担保的機能を持つため、他の債権者の利益(差押債権者・破産債権者など)とぶつかる場面で激しい利害対立を生みます。条文も判例も、この利害調整をめぐって形成されてきました。

本記事では、相殺の意義・機能から始め、要件(相殺適状)、方法、効果(遡及効)、そして最大の山場である相殺禁止の各類型までを、平成29年(2017年)民法(債権法)改正による変更点を踏まえて体系的に整理します。条文番号と要件の対応、改正前後の比較、頻出判例の事案と判旨を押さえることで、択一式で確実に得点できる状態を目指します。

相殺の意義と機能

相殺の意義

相殺とは、当事者が互いに対立する同種の債権を有する場合に、一方の意思表示により双方の債権を対等額で消滅させることをいいます(505条)。

相殺を主張する側の債権を自働債権、相殺される側の債権を受働債権といいます。

ここで重要なのは、自働債権・受働債権は「誰が相殺を主張するか」によって相対的に決まるという点です。同じAの債権でも、Aが相殺するときは自働債権ですが、Bが相殺するときはAの債権が受働債権になります。相殺禁止規定(特に509条)は「どちらが相殺を仕掛けるか」「どちらの債権が受働債権か」で結論が変わるため、この区別を体に染み込ませておくことが、相殺の問題を解く前提となります。

相殺の3つの機能

  1. 簡易決済機能: 互いに弁済し合う手間を省略できる
  2. 公平の確保: 一方だけが弁済し、他方が無資力で回収できないという事態を防ぐ
  3. 担保的機能: 自働債権の回収を事実上確保する(相殺の最も重要な機能)

特に担保的機能は、相殺禁止の場面(差押えとの関係)を理解するうえで重要です。当事者は、相手方に対して債権を有していれば、相手方が無資力になっても相殺によって事実上の優先弁済を受けることができます。

具体例で考えてみましょう。BがAに対して100万円の貸金債権を持ち、同時にAもBに対して100万円の売掛債権を持っているとします。ここでAが無資力になっても、BはAへの100万円の支払債務(受働債権側)と自分の100万円の貸金債権(自働債権側)を相殺すれば、実質的に貸金100万円を全額回収したのと同じ結果になります。もし相殺ができなければ、Bは自分の100万円を満額払ったうえで、Aの財産から債権額に応じた一部(場合によってはごくわずか)しか回収できません。この「相手の財産状態にかかわらず自分の債権を確保できる」効果こそが担保的機能であり、抵当権などの担保物権に近い役割を果たすため、判例は相殺の担保的機能を強く保護する傾向にあります(後述の差押えと相殺の論点参照)。

相殺の要件(相殺適状)

相殺が有効に行われるには、相殺適状にあることが必要です。相殺適状とは、相殺をするのに適した客観的状態をいい、以下の要件をすべて満たしている状態を指します。相殺適状の判断時点(いつの時点で適状が必要か)は遡及効や時効消滅後の相殺の論点と直結するため、要件の中身を正確に押さえることが重要です。

条文(505条1項)

二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。
― 民法 第505条第1項本文

要件1: 当事者が互いに債権を有すること(相互性)

AがBに対して債権を有し、同時にBもAに対して債権を有するという対立する債権の存在が必要です。第三者の債権をもって相殺することは原則としてできません。

この相互性には例外的な扱いがあります。たとえば、保証人は主たる債務者が債権者に対して有する債権による相殺を「主張する」ことはできませんが、主たる債務者が相殺権を有する限度で、保証人は債権者に対して債務の履行を拒むことができます(457条3項)。これは保証人が他人(主債務者)の債権で相殺すること自体を認めたものではなく、履行拒絶という形で保証人を保護する規定である点に注意が必要です。連帯債務についても、他の連帯債務者の有する債権を理由に履行を拒める範囲が定められています(439条2項)。

要件2: 双方の債権が同種の目的を有すること

最も典型的なのは、双方の債権がともに金銭債権である場合です。金銭債権同士であれば、金額が異なっても対当額で相殺できます。

「同種の目的」とは、給付の内容が同じ種類であることを意味します。金銭と金銭、同じ品質・等級の特定の種類物どうしであれば相殺可能ですが、金銭債権と物の引渡債権、金銭債権と労務提供債権などは目的が異なるため相殺できません。実務上問題となる債権のほとんどは金銭債権であるため、試験では「金銭債権どうし」を前提に出題されることが大半です。なお、債権の発生原因(契約・不法行為など)が異なっていても、給付の目的が同種であれば相殺できます。

要件3: 双方の債務が弁済期にあること

原則として、自働債権・受働債権ともに弁済期が到来していることが必要です。

ただし、自働債権の弁済期が到来していれば、受働債権の弁済期が未到来でも相殺できるとされています。これは、受働債権について期限の利益を放棄して相殺することが可能だからです。

なぜ自働債権の弁済期到来が必須かというと、相殺は自働債権について相手方から「今すぐ払え」と請求できる地位(弁済期到来)があってはじめて、相手方の期限の利益を一方的に奪う形で債権を消滅させても許される、という発想に基づくからです。逆に受働債権(自分が負っている債務)については、自分の側の期限の利益を自ら放棄して期限前に弁済するのは自由ですから、弁済期未到来でも相殺できます。

まとめると以下のとおりです。

自働債権の弁済期受働債権の弁済期相殺の可否理由到来到来可能原則どおり到来未到来可能受働債権の期限の利益を放棄できる未到来到来不可相手の期限の利益を奪えない未到来未到来不可自働債権が請求できる状態にない

この表の2行目(自働債権到来・受働債権未到来=可能)と3行目(自働債権未到来・受働債権到来=不可)の区別は、択一式で最も狙われるポイントです。「弁済期が到来している必要があるのは自働債権だけ」と覚えてしまうのが確実です。

要件4: 相殺禁止に該当しないこと

後述する相殺禁止事由に該当しないことが必要です。性質上の禁止(505条1項ただし書)、当事者の意思表示による禁止(505条2項)、不法行為等の債権を受働債権とする禁止(509条)、差押えとの関係での制限(511条)などがこれにあたります。

補足:時効消滅した自働債権による相殺(508条)

相殺適状の要件と密接に関連する重要規定として、508条があります。

時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は、相殺をすることができる。
― 民法 第508条

自働債権がすでに消滅時効にかかっていても、時効消滅前に相殺適状が生じていたのであれば、債権者は相殺することができます。当事者は相殺適状にある債権どうしは当然に清算されたものと考えるのが通常であり、その期待を保護する趣旨です。

ただし注意すべきは、相殺適状が生じる前にすでに時効が完成していた自働債権では相殺できないこと、そして判例上、自働債権の消滅時効が完成した後に債務者がその債権を譲り受けたような場合など、相殺適状が時効完成前に存在していなければ508条は適用されない点です。「時効にかかった債権でも相殺できる」という結論だけ覚えていると、「時効完成前に相殺適状になっていたこと」という要件を見落とすので注意してください。

相殺の方法

一方的な意思表示(506条1項)

相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。この場合において、その意思表示には、条件又は期限を付することができない。
― 民法 第506条第1項

相殺は、一方的な意思表示(単独行為)により行います。相手方の同意は不要です。ただし、条件・期限を付すことはできません。これは、相殺の効果を確定的にし、法律関係の安定を図る趣旨です。

条件を付すことが許されない理由は、相手方の地位を不安定にするからです。たとえば「Xという事実が起きたら相殺する」という停止条件付き相殺を認めると、相手方は債権が消滅したかどうか分からない宙づり状態に置かれます。相殺は相手方の同意なく一方的に債権を消滅させる強力な行為であるからこそ、その効果は確定的でなければならない、というバランスが取られているのです。期限を付せないのも同様に、相殺の遡及効と相まって法律関係を確定させる必要があるためです。

なお、相殺の意思表示は債権者・債務者間でなされれば足り、特別な方式は要求されません。訴訟上、抗弁として相殺を主張する「訴訟上の相殺」も認められています。

相殺の効果

遡及効(506条2項)

前項の意思表示は、双方の債務が互いに相殺に適するようになった時にさかのぼってその効力を生ずる。
― 民法 第506条第2項

相殺の意思表示がなされると、その効果は相殺適状が生じた時点にさかのぼって発生します。これを遡及効といいます。

たとえば、4月1日に相殺適状が生じ、6月1日に相殺の意思表示をした場合、相殺の効果は4月1日にさかのぼって生じます。したがって、4月1日から6月1日までの間の遅延損害金は発生しないことになります。

この遡及効は、当事者が相殺適状になった時点で「もう清算された」と考えるのが通常であり、その期待を保護する趣旨です。実務上は遅延損害金や利息の発生の有無に直結するため、単なる理屈ではなく金額計算に関わる論点です。試験では「相殺の効果は意思表示の時点から生じる」という誤りの選択肢が出やすいので、「相殺適状時にさかのぼる」と正確に押さえてください。

差額債権の発生

相殺される債権の額が異なる場合は、対当額で消滅し、差額のみが残ります。

たとえば、Aの自働債権が100万円、Bの受働債権が150万円の場合、相殺により双方の債権が100万円の限度で消滅し、Bの債権は50万円が残ります。

相殺充当

一方が複数の債務を負担しており、自働債権が全部を消滅させるのに足りない場合には、どの債務から消滅させるかという「相殺充当」の問題が生じます。改正民法は、まず当事者の合意による充当を認めたうえで(自動的に法定充当によるとはしない構成)、合意がない場合には弁済の充当に関する規定(488条以下)を準用する旨を定めています(512条・512条の2)。択一での出題頻度は高くありませんが、「相殺にも充当の問題がある」ことは知識として押さえておきましょう。

相殺禁止|最重要論点

ここからが本記事の中心であり、行政書士試験でも最も問われる領域です。相殺禁止は大きく分けて、(1)性質上の禁止、(2)当事者の意思表示による禁止、(3)不法行為等の債権を受働債権とする禁止(509条)、(4)差押えとの関係での制限(511条)の4つに整理できます。それぞれ趣旨と条文を対応させて理解しましょう。

性質上の相殺禁止(505条1項ただし書)

ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
― 民法 第505条第1項ただし書

債務の性質上、相殺が許されない場合があります。たとえば、労務の提供を内容とする債務(雇用契約に基づく労働義務など)や、現実の履行があってはじめて意味を持つ「なすべき債務」(互いに騒音を出さない不作為債務など)は、観念的に対当額で消し合っても目的を達せられないため、相殺することができません。「同種の目的」を欠く場合(金銭と物の引渡し等)とは別に、たとえ同種であっても性質上現実の履行が必要な場合に相殺が否定される点を押さえておきましょう。

当事者の合意による相殺禁止(505条2項)

当事者が相殺を禁止し、又は制限する旨の意思表示をした場合には、その意思表示は、第三者がこれを知り、又は重大な過失によって知らなかったときに限り、その第三者に対抗することができる。
― 民法 第505条第2項

当事者は合意により相殺を禁止・制限できます。ただし、第三者に対抗するには、第三者の悪意又は重過失が必要です。

この規定は改正で大きく変わった点です。改正前は相殺禁止特約は善意の第三者に対抗できないという立て付けでしたが、改正後は債権譲渡における譲渡制限特約(466条)と平仄を合わせ、「第三者が悪意又は重過失のとき」に限り対抗できると整理されました。つまり、相殺禁止特約があっても、それを知らずに重過失もなく債権を取得した第三者には特約を主張できず、その第三者は相殺できることになります。「善意でも軽過失があれば対抗できる」と誤って覚えないよう、「悪意又は重過失」というフレーズで正確に記憶してください。

不法行為等により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止(509条)

次に掲げる債務の債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。ただし、その債権者がその債務に係る債権を他人から譲り受けたときは、この限りでない。
一 悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務
二 人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務(前号に掲げるものを除く。)
― 民法 第509条

改正民法では、相殺禁止の対象が以下のように整理されました。

相殺禁止の対象(受働債権)趣旨悪意による不法行為に基づく損害賠償債務不法行為の誘発防止人の生命・身体の侵害による損害賠償債務被害者保護(現実の弁済確保)

ここでいう「悪意」は、単なる「知っていた」という意味ではなく、判例・立法の趣旨上「積極的な加害の意図」を意味すると解されています。たとえば、相手に対して債権を持っている者が、相殺で帳消しにできると考えてあえて殴る、といった意図的・報復的な不法行為が想定されています。過失による交通事故などはここでいう「悪意」にあたりません。

二号の「人の生命又は身体の侵害」は、加害行為が不法行為であるか債務不履行であるかを問いません。後述のとおり、被害者に現実の金銭給付を受けさせて治療費・生活費に充てさせるべきだという保護の必要性は、原因が不法行為でも安全配慮義務違反(債務不履行)でも変わらないからです。

趣旨の整理

509条には伝統的に2つの趣旨があるとされてきました。第一は不法行為の誘発防止(あるいは報復的不法行為の防止)です。「どうせ相殺で消せるから殴ってやろう」という発想を許さないためのものです。第二は被害者に現実の弁済を受けさせるという被害者保護です。生命・身体を害された被害者は治療費等のために現実の金銭が必要であり、加害者の一方的相殺で金銭の受領を奪われるべきではありません。改正は、この2つの趣旨を分けて、一号(悪意による不法行為=誘発防止)と二号(生命・身体侵害=被害者保護)に再構成したと理解すると、改正の意味が見えてきます。

改正前との比較

項目改正前改正後不法行為全般相殺禁止悪意による不法行為のみ禁止生命・身体侵害不法行為のみ禁止債務不履行も含めて禁止

改正前は不法行為に基づく損害賠償債権を受働債権とする相殺が一律に禁止されていましたが、改正後は悪意によるものに限定されました。一方、人の生命・身体の侵害については、不法行為だけでなく債務不履行に基づく損害賠償債務も相殺禁止の対象に加えられました。

この改正の方向性は「広げた部分」と「狭めた部分」がある点が重要です。狭めたのは不法行為全般(過失による財産的損害の賠償債務は相殺可能になった)、広げたのは生命・身体侵害(債務不履行による生命身体侵害も禁止に取り込んだ)です。試験では「改正でどう変わったか」がそのまま問われるため、この双方向の変化を正確に押さえてください。

ただし書の意味

ただし書により、債権者がその損害賠償債権を他人から譲り受けた場合は、相殺禁止の適用がありません。これは、債権の譲受人に対してまで相殺を禁止する必要がないためです。

具体的には、509条の趣旨(不法行為の誘発防止・被害者保護)は、損害賠償債権が本来の被害者の手元にある場合に妥当します。被害者がその債権を第三者に譲渡し、譲受人が改めてそれを受働債権として相殺するような場面では、もはや被害者保護の必要性も誘発防止の必要性も希薄であるため、相殺禁止を解除しているのです。

注意点:相殺の方向

509条で禁止されるのは、不法行為等の加害者側が相殺することです。被害者側が自己の損害賠償請求権を自働債権として相殺することは禁止されていません。

たとえば、AがBに対して悪意の不法行為をした場合、Aは自己の債権を自働債権としてBの損害賠償債権を受働債権とする相殺はできません。しかし、Bは自己の損害賠償請求権を自働債権として、Aに対する債務を受働債権とする相殺は可能です。

これは509条が「損害賠償債務の債務者は相殺をもって対抗できない」という構造になっていることから導かれます。損害賠償債務を負っているのは加害者Aですから、禁止されるのはAからの相殺です。被害者Bが自分の賠償請求権を自働債権として相殺するのは、Bが現実の金銭受領を放棄して自ら清算を選ぶことなので、保護すべき被害者自身の選択として認められます。「受働債権が不法行為等の損害賠償債権のとき禁止される」と、受働債権側に着目して覚えるのが確実です。

関連論点:双方過失の交通事故と相殺

実務上問題になるのが、双方に過失のある交通事故です。改正前は、過失による物損も含めて不法行為債権を受働債権とする相殺が一律禁止だったため、互いの損害賠償債権を相殺できるかが議論されました(判例は両者ともに不法行為債権の場合の相殺を否定していました)。改正後は、過失による不法行為(生命・身体侵害でない財産的損害)は509条の禁止対象から外れたため、双方の過失による物損の損害賠償債権どうしは相殺できることになります。一方、人身損害については生命・身体侵害として依然相殺禁止の対象となる点に注意してください。

差押えと相殺(511条)

差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができないが、差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗することができる。
― 民法 第511条第1項

差押えと相殺の関係は、相殺の担保的機能に関わる重要論点であり、判例の蓄積と改正による明文化が絡む頻出テーマです。

前提を整理しましょう。AがBに対して債権を持ち(これが差し押さえられる対象=Bが第三債務者)、Aの債権者Cがその債権を差し押さえたとします。このとき、BがもともとAに対して反対債権を持っていた場合、Bはその反対債権を自働債権として相殺し、差押債権者Cに対抗できるか、というのが問題の構造です。Bの相殺による担保的利益と、Cの差押えによる回収利益のどちらを優先するかの調整です。

差押え前に取得した債権による相殺

第三債務者が差押え前に取得した債権を自働債権とする相殺は、差押債権者に対抗できます。たとえ自働債権の弁済期が差押え後に到来する場合であっても、差押え前に取得した債権であれば相殺可能です。

これは、最高裁の判例法理(無制限説)を基礎として明文化されたものです。

第三債務者は、その債権が差押後に取得されたものでないかぎり、自働債権および受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、…相殺をなしうる
― 最大判昭和45年6月24日(趣旨)

この判例は、自働債権と受働債権の弁済期の先後を問わず、差押え前に取得した債権であれば相殺できるとする立場(無制限説)を採用しました。これに対し、相殺できるのは受働債権より自働債権の弁済期が先に到来する場合に限るとする「制限説」もありましたが、改正民法はこの無制限説を採用して511条1項に明文化しました。試験では「自働債権の弁済期が差押え後でも、差押え前に取得した債権なら相殺可能」という結論を押さえることが重要です。

差押え後に取得した債権による相殺

第三債務者が差押え後に取得した債権を自働債権とする相殺は、原則として差押債権者に対抗できません。差押え後に新たに取得した債権による相殺まで認めると、差押えの実効性が損なわれるからです。

ただし、511条2項により、差押え後に取得した債権であっても、差押え前の原因に基づいて生じた債権については相殺が可能です。

前項の規定にかかわらず、差押え後に取得した債権が差押え前の原因に基づいて生じたものであるときは、その第三債務者は、その債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができる。ただし、第三債務者が差押え後に他人の債権を取得したときは、この限りでない。
― 民法 第511条第2項

この2項は改正で新設された規定です。たとえば、差押え前に締結された委託契約に基づき、差押え後に発生した費用償還請求権のように、債権発生の「原因」が差押え前にあれば、債権そのものの取得(発生)が差押え後でも相殺できます。第三債務者の相殺への合理的期待を保護する趣旨です。ただし、ただし書のとおり、第三債務者が差押え後に他人から債権を譲り受けた場合は、たとえその原因が差押え前にあっても相殺できません。差押え後にわざわざ債権を買い集めて相殺の道具にすることを防ぐためです。

差押えと相殺の整理表

自働債権の取得時期相殺の可否(差押債権者への対抗)根拠差押えに取得可能(弁済期の先後を問わない)511条1項・無制限説差押えに取得(原因も差押え後)不可511条1項差押え後に取得だが原因は差押え前可能511条2項本文差押え後に他人から譲り受けた不可511条2項ただし書

相殺と類似制度の比較

相殺は債権消滅原因の一つですが、代物弁済や更改といった他の消滅原因と混同しやすいため、性質の違いを整理しておきましょう。

項目相殺代物弁済更改法的性質単独行為(一方的意思表示)契約(合意)契約(合意)相手方の同意不要必要必要同種の債権必要不要不要遡及効ありなしなし条件・期限付すことができない付すことができる付すことができる既存債務との関係対当額で消滅本来の給付に代わる給付で消滅新債務の成立で旧債務消滅

相殺だけが単独行為であり、相手方の同意なく一方的に効果を生じさせる点、そして遡及効を持つ点が際立った特徴です。代物弁済・更改は当事者の合意(契約)が必要で、効果は将来に向かって生じます。この「単独行為か契約か」「遡及効の有無」の対比は択一で狙われやすいポイントです。

なお、相殺は弁済・供託・免除・混同などと並ぶ債権の消滅原因であり、これらの相互関係や要件の違いを横断的に整理しておくと得点が安定します。

よくある誤解と注意点

  • 「弁済期が到来していなければ相殺できない」のは自働債権だけ。 受働債権は期限の利益を放棄して期限前でも相殺できます。両方の弁済期到来を要件と覚えると誤りの選択肢に引っかかります。
  • 相殺の効果は意思表示時ではなく相殺適状時にさかのぼる。 遡及効を忘れると、遅延損害金の発生の有無を問う問題で誤ります。
  • 509条は「受働債権」が不法行為等の損害賠償債権のときの禁止。 被害者が自分の賠償請求権を自働債権として相殺するのは禁止されていません。方向を取り違えないこと。
  • 改正で不法行為の相殺禁止は「悪意による不法行為」に限定された。 過失による財産的不法行為の損害賠償債務は相殺の受働債権にできます。「不法行為は一律禁止」は改正前の知識です。
  • 生命・身体侵害は債務不履行でも相殺禁止。 安全配慮義務違反など債務不履行構成でも509条二号の対象です。
  • 時効消滅した自働債権でも、消滅前に相殺適状になっていれば相殺できる(508条)。 ただし「相殺適状が時効完成前に存在していたこと」が条件です。
  • 相殺禁止特約は悪意又は重過失の第三者にのみ対抗できる。 「善意の第三者に対抗できない=軽過失でも対抗できる」と誤読しないこと。

試験での出題ポイント

  • 自働債権は弁済期が到来していなければならない(受働債権は期限の利益放棄で不要)
  • 相殺の遡及効: 相殺適状時にさかのぼる(遅延損害金の発生に影響)
  • 相殺は単独行為、条件・期限は付けられない
  • 不法行為等の相殺禁止(509条): 改正で「悪意による不法行為」に限定、生命・身体侵害は債務不履行も含む、禁止されるのは加害者側からの相殺
  • 509条ただし書: 損害賠償債権を他人から譲り受けた場合は相殺禁止の適用なし
  • 時効消滅債権による相殺(508条): 消滅前に相殺適状ならば相殺可
  • 差押えと相殺(511条): 差押え前に取得した債権なら弁済期の先後を問わず相殺可(無制限説の明文化)、差押え後取得でも原因が差押え前なら可、他人から譲り受けた場合は不可
確認問題

自働債権の弁済期が到来していなくても、受働債権の弁済期が到来していれば相殺することができる。

○ 正しい × 誤り
解説
相殺をするには、自働債権の弁済期が到来していなければなりません。受働債権については、期限の利益を放棄して弁済期前に相殺することが可能ですが、自働債権の弁済期未到来の場合は相殺できません(民法505条1項)。
確認問題

改正民法では、不法行為に基づく損害賠償債権を受働債権とする相殺は一律に禁止されている。

○ 正しい × 誤り
解説
改正前は不法行為に基づく損害賠償債権を受働債権とする相殺が一律に禁止されていましたが、改正後の509条は「悪意による不法行為」と「人の生命又は身体の侵害」に限定しました。過失による財産的不法行為の場合は相殺禁止の対象外です。
確認問題

差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え前に取得した債権であれば、その弁済期が差押え後に到来する場合であっても、相殺をもって差押債権者に対抗できる。

○ 正しい × 誤り
解説
民法511条1項により、差押え前に取得した債権による相殺は差押債権者に対抗できます。自働債権の弁済期が差押え後に到来する場合でも対抗可能です。これは無制限説を採用した判例(最大判昭和45年6月24日)を明文化したものです。
確認問題

時効によって消滅した債権であっても、その消滅以前に相殺適状にあった場合には、これを自働債権として相殺することができる。

○ 正しい × 誤り
解説
民法508条により、時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は相殺をすることができます。当事者の清算への期待を保護する趣旨です。ただし、相殺適状が時効完成前に存在していたことが必要です。
確認問題

当事者間で相殺を禁止する旨の意思表示があった場合、その特約は、これを知らなかったことについて軽過失のある第三者に対しても常に対抗することができる。

○ 正しい × 誤り
解説
民法505条2項により、相殺禁止・制限の意思表示を第三者に対抗できるのは、第三者がそれを知り(悪意)、又は重大な過失によって知らなかったときに限られます。したがって、軽過失にとどまる第三者には対抗できません。

まとめ

相殺は、簡易決済機能と担保的機能を有する重要な債権消滅原因です。担保的機能ゆえに差押債権者や被害者など他者の利益とぶつかる場面が多く、その調整として各種の相殺禁止規定が設けられています。

  • 要件(相殺適状): 債権の相互性、同種の目的、自働債権の弁済期到来、相殺禁止に該当しないこと
  • 方法: 一方的意思表示(単独行為。条件・期限は付せない)
  • 効果: 相殺適状時にさかのぼって消滅(遡及効)、対当額で消滅し差額が残る
  • 相殺禁止: 性質上の禁止、合意による禁止(悪意・重過失の第三者に対抗可)、悪意の不法行為・生命身体侵害の損害賠償債務が受働債権の場合(509条)
  • 時効消滅債権: 消滅前に相殺適状なら相殺可(508条)
  • 差押えとの関係: 差押え前に取得した債権なら弁済期の先後を問わず相殺可、差押え後取得でも原因が差押え前なら可(511条)

相殺禁止の場面と差押え後の相殺の可否は、試験で繰り返し問われる最重要論点です。改正による変更点(不法行為の限定・生命身体侵害の拡張・差押えと相殺の明文化)を正確に整理しておきましょう。

債権の消滅原因や債権の効力に関する他のテーマもあわせて学習すると、横断的な理解が深まります。

#債権 #択一式 #民法

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