相続の承認と放棄|単純承認・限定承認・相続放棄の要件
民法の相続の承認と放棄を解説。単純承認(法定単純承認含む)、限定承認(共同相続人全員で)、相続放棄の要件・手続き・効果と熟慮期間(3か月)を整理します。
はじめに|相続の承認・放棄は試験頻出テーマ
相続の承認と放棄に関する規定は、行政書士試験の民法(親族・相続分野)において、ほぼ毎年出題される重要テーマです。相続が開始した後、相続人には単純承認・限定承認・相続放棄の3つの選択肢が与えられており、それぞれの要件・手続き・効果を正確に理解しておくことが求められます。
本記事では、相続の開始と相続人の範囲を確認した上で、単純承認(法定単純承認を含む)、限定承認、相続放棄の各制度を詳しく解説します。特に、熟慮期間(3か月)の起算点や、法定単純承認に該当する行為など、試験で問われやすい論点を重点的に整理していきます。
相続の承認・放棄は、一見すると「3つのうちどれかを選ぶだけ」のシンプルな制度に見えます。しかし実際には、(1)熟慮期間の起算点をめぐる判例の蓄積、(2)法定単純承認における「処分」概念の射程、(3)限定承認の全員共同要件、(4)相続放棄の遡及効と代襲相続・債権者保護との交錯、(5)承認・放棄の撤回禁止と取消しの可否、といった論点が幾重にも重なっており、択一式・記述式の双方で受験生を悩ませます。本記事では、条文の文言を出発点に、これらの論点を一つずつ正確に押さえていきます。
なお、相続全般の前提知識(相続分の計算・遺産分割など)は法定相続分の計算問題攻略|図解で解法マスターもあわせて参照すると、本記事の理解がより立体的になります。
相続の開始と相続人
相続の開始(882条)
民法882条
「相続は、死亡によって開始する。」
相続は被相続人の死亡によって当然に開始します。相続開始の原因は死亡のみであり、失踪宣告による死亡みなし(31条)の場合も含みます。
相続開始の場所は、被相続人の住所において開始するものとされています(883条)。この相続開始地は、相続に関する家庭裁判所の手続(相続放棄・限定承認の申述、遺産分割の調停・審判など)の管轄を決める基準となるため、実務上重要な意味を持ちます。
なお、被相続人の死亡時点で胎児であった子については、相続については既に生まれたものとみなされます(886条1項)。ただし、胎児が死体で生まれた場合(死産)には、このみなし規定は適用されません(886条2項)。胎児の権利能力については「生きて生まれることを停止条件とする」とする停止条件説(判例・通説)と「生まれたものとみなしつつ死産で遡って消滅する」とする解除条件説の対立があり、択一でも問われることがあります。
相続人の範囲と順位
民法が定める相続人(法定相続人)は以下のとおりです。
代襲相続(887条2項・3項、889条2項)
- 子が相続開始以前に死亡・相続欠格・廃除により相続権を失った場合、その者の子(被相続人の孫) が代わりに相続します(代襲相続)
- 子の代襲相続は再代襲(孫→ひ孫)もあります(887条3項)
- 兄弟姉妹の代襲相続は一代限り(甥・姪まで)で、再代襲はありません
注意: 相続放棄をした者は初めから相続人とならなかったものとみなされるため(939条)、相続放棄は代襲相続の原因にはなりません。
代襲相続の原因は、(1)相続開始以前の死亡、(2)相続欠格(891条)、(3)廃除(892条・893条)の3つに限られます。相続放棄はこの3つに含まれないため、子が相続放棄をしても孫は代襲しません。この点は本記事の後半(相続放棄の効果)で詳述しますが、相続の承認・放棄を理解するうえで最初に押さえておくべき大前提です。
法定相続分(900条)
改正のポイント: 2013年の民法改正(最大決平成25年9月4日の違憲決定を受けた改正)により、嫡出でない子(非嫡出子)の相続分は嫡出子と同等になりました。
相続放棄が行われると、この法定相続分の計算にも影響します。相続放棄者は「初めから相続人とならなかった」ものとして扱われるため、放棄者を除いた残りの相続人の間で、改めて相続分を計算し直すことになります。たとえば子A・B・Cの3人が相続人である場合に、Cが相続放棄をすると、AとBが各2分の1ずつ相続します(Cの分が「3分の1ずつ均等」のまま固定されるのではない点に注意)。
熟慮期間(915条)
3か月の考慮期間
民法915条1項
「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。」
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内(熟慮期間)に、単純承認・限定承認・相続放棄のいずれかを選択しなければなりません。
熟慮期間という制度の趣旨は、相続人に対して「相続財産(プラスの財産・マイナスの財産)の内容を調査し、承認すべきか放棄すべきかを冷静に判断するための時間」を保障する点にあります。相続は被相続人の死亡によって当然に開始し、相続人の意思とは無関係に権利義務がいったん相続人に帰属しますが、それを最終的に引き受けるかどうかは相続人の自由に委ねられているのです。この自由を実質的に保障するための猶予期間が熟慮期間です。
起算点の解釈
「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、以下の2つの事実を知った時をいいます。
- 相続の開始の事実(被相続人が死亡したこと)
- 自己が相続人となった事実
たとえば、第2順位の直系尊属が相続人となる場合、被相続人の死亡を知っただけでは足りず、第1順位の子が全員相続放棄をしたことを知った時から3か月の熟慮期間が起算されます。
起算点に関する重要判例(最判昭和59年4月27日)
熟慮期間の起算点について最も重要な判例が、最判昭和59年4月27日です。被相続人に多額の借金があることを相続人が後から知ったというケースで、起算点をどう考えるかが争われました。
「熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知った時から起算すべきものであるが、相続人が、右各事実を知った場合であっても、右各事実を知った時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには…相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。」
― 最判昭和59年4月27日
この判例は、原則として「死亡+自己が相続人であることを知った時」が起算点であるとしながら、例外的に、相続財産が全く存在しないと信じ、かつそう信じることに相当な理由がある場合には、相続財産(特に債務)の存在を認識した時を起算点とするとしました。実務上は「3か月を過ぎてから多額の借金が判明した」というケースで相続放棄を救済するための根拠として機能しています。
試験のポイント: 「自己のために相続の開始があったことを知った時」を、(1)死亡の事実、(2)自己が相続人である事実、の両方を知った時と説明できることがまず基本。さらに、(3)相続財産が皆無と信じたことに相当な理由がある例外(昭和59年判決)まで押さえられると上位レベルです。
熟慮期間の伸長
利害関係人又は検察官の請求により、家庭裁判所が熟慮期間を伸長することができます(915条1項ただし書)。相続財産の調査に時間がかかるなど、3か月では判断が困難な場合に利用されます。
伸長の請求は熟慮期間内に行う必要があり、いったん経過してしまった後では伸長を求めることはできません。また、伸長は相続人ごとに個別に判断され、一部の相続人について伸長が認められても、他の相続人の熟慮期間が当然に伸びるわけではありません。
なお、相続人が相続財産の調査をするために、相続人は被相続人の財産状況を調査することができます(915条2項)。これは熟慮期間中の調査権を確認した規定です。
熟慮期間の経過
熟慮期間内に限定承認も相続放棄もしなかった場合は、単純承認をしたものとみなされます(921条2号)。これが法定単純承認の一つです。
つまり、相続人が「何もしない」まま3か月を経過すると、自動的に単純承認の効果(負債も含めて無限に承継)が生じます。沈黙が「承認」と扱われる点が、相続の承認・放棄制度における最大の注意点です。借金を相続したくない場合は、必ず熟慮期間内に家庭裁判所へ相続放棄(または限定承認)の申述をしなければなりません。
熟慮期間の起算点は、被相続人が死亡した時(相続開始の時)である。
単純承認(920条・921条)
単純承認の効果
民法920条
「相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。」
単純承認をすると、相続人は被相続人の権利義務を無限に承継します。これは、プラスの財産(資産)だけでなく、マイナスの財産(負債)もすべて引き継ぐことを意味します。被相続人の負債が資産を上回る場合でも、相続人は自己の固有財産をもって弁済しなければなりません。
「無限に」という文言がキーワードです。限定承認が「相続財産の限度においてのみ」弁済すればよい(922条)のと対比すると理解しやすいでしょう。単純承認では、被相続人の財産(積極財産)と相続人固有の財産が一体となり、被相続人の債権者は相続人固有の財産からも弁済を受けられることになります。
なお、単純承認は、限定承認・相続放棄と異なり、家庭裁判所への申述などの特別な手続を要しません。明示的に「単純承認する」という意思表示をする場合もありますが、実際には後述の法定単純承認(921条)により、何もせずに熟慮期間が経過するなどして単純承認とみなされるケースが圧倒的に多いといえます。
法定単純承認(921条)
以下のいずれかに該当する場合、相続人は単純承認をしたものとみなされます。これを法定単純承認といいます。
法定単純承認の制度趣旨は、号ごとに異なります。1号(処分)は、相続人が相続財産を処分する行為には「相続を承認する意思」が現れているとみるのが通常であること(黙示の承認)、また処分を信頼した第三者を保護する必要があることに基づきます。2号(期間経過)は、相続人がいつまでも態度を決めないと法律関係が不安定になるため、一定期間で確定させる趣旨です。3号(背信行為)は、限定承認・放棄をして本来であれば責任を免れたはずの相続人が、相続財産を隠匿・消費するなどの背信的行為に出た場合に、もはや保護に値しないとしてペナルティ的に単純承認の効果を課すものです。
921条1号の「処分」に関する重要論点
- 処分に該当するもの: 相続財産の売却、贈与、抵当権の設定など
- 処分に該当しないもの: 保存行為(相続財産の修繕など)、短期賃貸借(602条に定める期間内のもの)
- 葬式費用の支出: 判例は、社会的にみて不相当に高額でない限り、処分に該当しないとしています
- 形見分け: 経済的価値が僅少な物の形見分けは処分に該当しないとされていますが、高価な物の形見分けは処分に該当し得ます
「処分」と相続人の認識(最判昭和42年4月27日)
921条1号の「処分」とみなされるためには、相続人が自己のために相続が開始した事実を知りながら、または確実に予想しながら処分をしたことが必要とされます。
「民法九二一条一号本文が、相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは単純承認をしたものとみなす旨を規定しているのは、本来、かかる相続人の行為は相続人が単純承認をしない限りしてはならない行為であり、これにより黙示の単純承認があるものと推認しうるのみならず、第三者から見ても単純承認があったと信ずるのが当然であると認められることに基づくものであるから、右規定により単純承認を擬制されるためには、相続人が自己のために相続の開始した事実を知りながら相続財産を処分し、または少なくとも被相続人の死亡した事実を確実に予想しながらあえてその処分をしたことを要する。」
― 最判昭和42年4月27日
この判例の意義は、相続開始の事実すら知らずにたまたま相続財産に手を付けた者まで単純承認を擬制するのは酷であるとして、主観的要件(相続開始の認識)を加重した点にあります。たとえば、被相続人が死亡したことを全く知らない相続人が、自分の物だと思って相続財産の一部を処分しても、原則として1号の「処分」には当たりません。
試験のポイント: 法定単純承認の事由に該当すると、その後に相続放棄や限定承認をすることができなくなります。特に921条1号の「処分」に何が該当するかは、択一式で頻出です。「処分には主観的要件(相続開始の認識)が必要」「保存行為・短期賃貸借は処分にあたらない」「相当な葬式費用の支出は処分にあたらない」の3点はセットで押さえておきましょう。
921条3号の「悪意」
3号は、限定承認・相続放棄をした後であっても、相続財産を「隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき」に単純承認を擬制します。ここでの「悪意」は、単に「知っていた」という意味ではなく、相続債権者を害する意図を含むと解されています。背信的・詐害的な行為に対する制裁という3号の趣旨から導かれる解釈です。
なお、3号には但書があり、相続放棄をした者が、その放棄によって相続人となった者が承認をした後に隠匿等をした場合には適用されません。すでに次順位者が単純承認しており、保護すべき相続関係が確定しているためです。
限定承認(922条〜937条)
限定承認とは
民法922条
「相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができる。」
限定承認とは、相続財産の範囲内でのみ被相続人の債務を弁済することを条件として相続を承認する制度です。プラスの財産が多ければその中から負債を弁済し、残った財産を取得できます。マイナスの財産の方が多くても、相続財産の範囲を超えて弁済する必要はありません。
限定承認の本質は、「相続を承認しつつ、責任の範囲を相続財産に限定する」点にあります。相続放棄が相続人たる地位そのものを否定するのに対し、限定承認はあくまで相続人となったうえで、被相続人の固有財産と相続人固有の財産との混同を防ぎ、相続財産を引き当てとする清算を行います。被相続人の財産がプラスかマイナスか不明で、調査にも時間がかかるような場合に、「プラスなら受け取り、マイナスなら相続財産の範囲で打ち切る」という形で相続人を保護する制度として位置づけられます。
限定承認の要件
限定承認の手続と清算
民法924条
「相続人は、限定承認をしようとするときは、第915条第1項の期間内に、相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し、限定承認をする旨を申述しなければならない。」
限定承認の申述が受理されると、限定承認者(共同相続の場合は相続財産の清算人)は相続財産の清算手続を進めます。具体的には、(1)限定承認をした後5日以内(共同相続で相続財産清算人が選任された場合は選任後10日以内)に、すべての相続債権者・受遺者に対して、限定承認をしたこと・一定期間内(2か月以上)に請求の申出をすべき旨を公告し(927条)、(2)申出期間満了後に、申し出た債権者その他知れている債権者にその債権額の割合に応じて弁済する(929条)、といった流れをたどります。期間内に申出をしなかった相続債権者・受遺者は、残余財産についてのみ権利を行使できます(935条)。
このように限定承認は破産手続に類似した清算を要するため手続が煩雑であり、後述のとおり実務上の利用は低調です。試験対策としては、清算の細かい手続まで暗記する必要は乏しく、「家庭裁判所への申述」「財産目録の提出」「共同相続人全員での共同」という3つの要件を押さえれば十分です。
共同相続人全員での限定承認(923条)
民法923条
「相続人が数人あるときは、限定承認は、共同相続人の全員が共同してのみこれをすることができる。」
限定承認は、共同相続人の全員が共同して行わなければなりません。一部の相続人だけで限定承認をすることはできません。
この「全員共同」の要件が課されているのは、限定承認が相続財産を一体として清算する手続だからです。仮に一部の相続人だけが限定承認し、他の相続人が単純承認するという状態を認めると、同一の相続財産について「責任が限定される部分」と「無限責任の部分」が混在し、清算手続が破綻してしまいます。そこで全員一致を要求し、相続財産全体を統一的に処理できるようにしているのです。
ただし、相続放棄をした者は初めから相続人とならなかったものとみなされるため(939条)、一部の相続人が相続放棄をした場合は、残りの相続人全員で限定承認をすることは可能です。
なお、共同相続人の一人が921条の法定単純承認事由に該当する行為(相続財産の処分など)をしてしまうと、その者は単純承認をしたものとみなされるため、もはや「全員共同」での限定承認はできなくなる、という関係にも注意が必要です。
限定承認のメリットとデメリット
メリット
- 相続財産の範囲を超える債務を負わなくて済む
- 相続財産にプラスがある場合は取得できる
デメリット
- 共同相続人全員の合意が必要(一人でも反対すると不可)
- 手続が煩雑(清算手続が必要)
- 実務上、利用件数は非常に少ない
限定承認は、理屈のうえでは「資産か負債か分からないとき」に有用な制度ですが、全員共同要件と清算手続の煩雑さ、さらに譲渡所得課税(限定承認の場合、被相続人から相続人へ時価で資産を譲渡したものとみなされる「みなし譲渡所得」課税の問題)などのハードルがあり、実務では相続放棄に比べて利用件数が極めて少ないのが実情です。試験では「使われないけれど条文上の要件はよく問われる」典型例として位置づけられます。
相続放棄(938条〜940条)
相続放棄の要件
民法938条
「相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。」
限定承認と異なり、相続放棄は各相続人が単独で行うことができます。共同相続人全員の合意は不要です。
ここは限定承認との最重要の対比ポイントです。相続放棄は、放棄者一人が相続関係から抜けるだけであり、他の相続人の地位に直接の影響を及ぼさない(相続分の再計算は生じるが、清算手続の統一性を害さない)ため、各自単独で行えるのです。「限定承認=全員共同」「相続放棄=各自単独」という対比は、択一で繰り返し問われています。
なお、相続放棄は必ず家庭裁判所への申述という方式によらなければなりません。相続人同士の話し合いで「私は財産を一切要らない」と取り決めたり、遺産分割協議で何も取得しないことにしたりしても、それは法律上の「相続放棄」ではありません。こうした事実上の放棄では、被相続人の債権者に対して「自分は相続人でない」と主張することはできず、債務は法定相続分に応じて承継したままになります。この点は実務でも誤解が多く、試験でもひっかけとして出題されます。
相続放棄の効果(939条)
民法939条
「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。」
相続放棄の効果は遡及的です。放棄をした者は、相続開始の時に遡って、初めから相続人とならなかったものとみなされます。
この遡及効により、以下の重要な法的効果が生じます。
- 放棄者は被相続人の一切の権利義務を承継しない(資産も負債も承継しない)
- 放棄者の子は代襲相続しない(相続放棄は代襲相続の原因にならない)
- 放棄者がいた場合、他の同順位の相続人の相続分が増加する
- 同順位の相続人が全員放棄した場合、次順位の相続人が相続人となる
たとえば第1順位の子が全員相続放棄をすると、第1順位の相続人が「初めからいなかった」ことになり、第2順位の直系尊属が相続人となります。直系尊属もいない(または全員放棄)の場合は第3順位の兄弟姉妹へと相続権が移っていきます。配偶者は常に相続人であるため放棄者の有無に関わらず相続人であり続けますが、共同相続人となる順位が繰り上がっていく結果、誰と共同相続するかが変動します。
相続放棄の遡及効と登記(最判昭和42年1月20日)
相続放棄の遡及効は、第三者との関係でも貫かれます。判例は、相続放棄の効力は絶対的で、登記等の有無を問わず何人に対しても効力を生じ、相続放棄者の債権者が相続放棄前に放棄者の持分を差し押さえていたとしても、放棄の遡及効が優先するとしています。
「民法九三九条が相続放棄の遡及効を規定しているのは、相続放棄者は相続開始時に遡って相続人でなかったことになるという趣旨であり、その効果は絶対的で、何人に対しても、登記等なくしてその効力を生ずると解すべきである。」
― 最判昭和42年1月20日の趣旨
この点は、後述する遺産分割との取扱いの違いとして頻出です。遺産分割の場合は、分割後に現れた第三者との関係で対抗問題(登記の有無)が生じうる(899条の2参照)のに対し、相続放棄では遡及効が絶対的に貫かれ、第三者は登記がなくても保護されません。「放棄=絶対的遡及効」「分割=対抗問題が生じうる」という対比で整理しておきましょう。
相続放棄前の財産処分との関係
相続放棄をする前に相続財産を処分(売却・贈与など)してしまうと、法定単純承認(921条1号)に該当し、相続放棄ができなくなります。相続放棄を検討している場合は、相続財産に手を付けないよう注意が必要です。
逆に言えば、相続放棄を確実に成立させるためには、(1)熟慮期間内に家庭裁判所へ申述する、(2)それまで相続財産を処分・消費しない、(3)申述後も隠匿・消費しない(921条3号)、という3点を守る必要があります。
相続放棄と債権者の関係
相続放棄は、被相続人の債権者に対しても効力を有します。放棄した相続人に対して債権者は弁済を請求することができません。
ただし、相続放棄が詐害行為取消権(424条)の対象となるかについて、判例(最判昭和49年9月20日)は、相続放棄は財産的行為ではなく身分行為であるから、詐害行為取消しの対象とはならないとしています。
「相続の放棄のような身分行為については、民法四二四条の詐害行為取消権行使の対象とならないと解するのが相当である。なんとなれば、右取消権行使の対象となる行為は、積極的に債務者の財産を減少させる行為であることを要し、消極的にその増加を妨げるにすぎないものを包含しないものと解するのが相当であるところ、相続の放棄は、相続人の意思からいっても、また法律上の効果からいっても、これを既得財産を積極的に減少させる行為というよりはむしろ消極的にその増加を妨げる行為にすぎないとみるのが、妥当である…」
― 最判昭和49年9月20日
この判例の理由づけは2点あります。第一に、相続放棄は身分行為であり、債権者がこれを取り消して相続を強制することは相続人の自由意思を不当に拘束すること。第二に、相続放棄は既得財産を積極的に減少させる行為ではなく、財産の増加を消極的に妨げるにすぎないこと(詐害行為取消権が対象とするのは積極的に財産を減少させる行為に限られる)。試験では「相続放棄は詐害行為取消権の対象とならない」という結論とあわせて、この2つの理由づけまで押さえておくと記述式にも対応できます。
なお、後述する遺産分割協議については、判例(最判平成11年6月11日)は詐害行為取消権の対象となりうるとしており、相続放棄と取扱いが異なります。遺産分割協議は財産権を目的とする法律行為であるとされる点に違いがあります。「相続放棄=詐害行為取消しの対象外」「遺産分割協議=対象となりうる」という対比は頻出です。
相続放棄後の管理義務(940条)
民法940条1項
「相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第952条第1項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。」
相続放棄をした者であっても、放棄の時に相続財産を現に占有している場合は、次の相続人等に引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって保存する義務を負います。
改正のポイント: 940条は2023年の改正(令和3年改正、2023年4月1日施行)により変更されました。改正前は放棄者に善管注意義務が課されていましたが、改正後は「自己の財産におけるのと同一の注意」に軽減され、また「現に占有しているとき」に限定されました。
この改正は、所有者不明土地問題への対応の一環として行われた一連の民法・不動産登記法改正の中で位置づけられます。改正前は「自己の財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産の管理を継続しなければならない」とされ、占有の有無を問わず管理義務を負うかのような文言で、放棄者に過度の負担を強いるおそれがありました。改正後は、(1)対象を「現に占有している財産」に限定し、(2)義務の内容を「自己の財産におけるのと同一の注意」(保存義務)と明確化し、(3)引き渡すまでの暫定的な義務であることを明確にしました。注意義務の水準が「善管注意義務」より軽い「自己の財産におけるのと同一の注意」である点は、改正後の知識として正確に押さえておく必要があります。
共同相続人のうち一部の者だけで限定承認をすることは、その他の相続人が相続放棄をしていない場合でも認められる。
承認・放棄の撤回と取消し(919条)
撤回の禁止と取消しの可否
民法919条
「1項:相続の承認及び放棄は、第915条第1項の期間内でも、撤回することができない。」
「2項:前項の規定は、第一編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない。」
承認・放棄は撤回不可です。ただし、詐欺・強迫による取消しや、未成年者・成年被後見人等の行為能力の制限による取消しは可能です(919条2項)。
ここで「撤回」と「取消し」の区別を正確に理解しておく必要があります。撤回とは、いったん有効に成立した意思表示を、瑕疵がないのに将来に向かって一方的になかったことにすることをいいます。これは919条1項により、熟慮期間内であっても認められません。承認・放棄をめぐる法律関係を早期に安定させ、他の相続人や債権者の信頼を保護する趣旨です。一方、取消しとは、意思表示に瑕疵(詐欺・強迫・錯誤・行為能力の制限など)がある場合に、その効力を遡及的に否定することをいい、これは919条2項により妨げられません。
取消しの方式と期間制限(919条3項・4項)
承認・放棄の取消しは、家庭裁判所への申述によって行わなければならないとされています(919条4項)。また、取消権には期間制限があり、追認をすることができる時から6か月間行使しないときは時効によって消滅し、承認・放棄の時から10年を経過したときも同様に消滅します(919条3項)。一般の取消権(126条:追認可能時から5年・行為時から20年)とは期間が異なる点に注意が必要です。
各制度の比較表|横断整理
この比較表のうち、択一で最も問われるのは「共同相続の場合」の行です。限定承認だけが全員共同である点を確実に区別してください。また「効果」の行で、単純承認の「無限に承継」と限定承認の「相続財産の範囲内」の文言の対比も頻出です。
相続の放棄をした者の子は、代襲相続により被相続人の財産を相続することができる。
相続人が相続財産である建物について、保存に必要な修繕を行った場合、これは民法921条1号の「処分」にあたり、単純承認をしたものとみなされる。
よくある誤解と注意点
相続の承認・放棄は実務でも誤解が多い分野です。試験のひっかけ問題はこうした誤解を突いてくるため、整理しておきましょう。
- 「遺産分割で何も取得しない=相続放棄」ではない:家庭裁判所への申述を経ていない以上、法律上の相続放棄ではなく、被相続人の債務は法定相続分に応じて承継されたままです。債権者に対抗できません。
- 「相続放棄をすれば自分の子に相続させられる」ではない:相続放棄は代襲相続の原因ではないため、放棄者の子は代襲しません。次順位の相続人(直系尊属・兄弟姉妹など)へ相続権が移ります。
- 「3か月を過ぎたら絶対に放棄できない」とは限らない:原則は熟慮期間経過で法定単純承認(921条2号)ですが、相続財産が全く存在しないと信じたことに相当な理由がある場合は、債務の存在を知った時から起算されうる(最判昭和59年4月27日)という例外があります。
- 「相続放棄は撤回できる」は誤り:919条1項により、熟慮期間内であっても撤回はできません。ただし詐欺・強迫等による取消しは別です(919条2項)。
- 「限定承認は一人でもできる」は誤り:共同相続では全員共同が必要です(923条)。一人でできるのは相続放棄の方です。
試験対策のまとめ
択一式で問われるポイント
- 熟慮期間の起算点(「自己のために相続の開始があったことを知った時」)を正確に理解する。さらに、相続財産皆無を信じた場合の例外(最判昭和59年4月27日)も押さえる
- 法定単純承認の3つの事由(921条各号)を暗記し、特に「処分」に該当する行為を判断できるようにする。処分には主観的要件(相続開始の認識:最判昭和42年4月27日)が必要な点も重要
- 限定承認は共同相続人全員、相続放棄は各自単独で行える点を区別する
- 相続放棄の遡及効(939条)と代襲相続の関係を整理する。放棄は代襲原因にならない点、遡及効が絶対的で登記不要で第三者に対抗できる点
- 承認・放棄の撤回不可(919条1項)と取消しの可否(919条2項)を押さえる
- 相続放棄と詐害行為取消権(最判昭和49年9月20日):対象とならない。遺産分割協議とは異なる
- 940条の改正後の管理義務:「現に占有しているとき」に限定、「自己の財産におけるのと同一の注意」
記述式で問われる場合
相続の承認・放棄が記述式で出題される場合は、以下の流れで解答を構成します。
- 相続人の範囲と順位を確定する
- 熟慮期間内であるかを確認する
- 法定単純承認に該当する事由がないかを検討する
- 承認・放棄の効果を正確に記述する
相続の承認・放棄は、条文の文言を正確に暗記することが求められる分野です。特に「共同相続人全員」「家庭裁判所への申述」「初めから相続人とならなかったものとみなす」「無限に被相続人の権利義務を承継する」といったキーワードは、択一式の正誤判断でも記述式の解答でも決定的に重要ですので、確実に押さえておきましょう。
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法律科目対策
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条文の穴埋めドリルと肢別演習で、法律科目の知識を効率的に定着。 行政書士試験の法令科目対策に対応しています。