1この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
2憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。
この条文の過去問 2肢
結論:この肢は「誤り」。
根拠は憲法19条および20条1項の解釈です。憲法19条は「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」と定めます。この規定は、信教の自由の保障対象を世俗的な世界観にまで拡大したものだと説明されることもありますが、その保障範囲を「固有の組織と教義体系を持つ思想・世界観のみ」に限定する解釈は、まったく採られていません。
理由は二つあります。第一に、19条の保護範囲については、人格形成に関わる内面的精神作用に限るとする信条説と、内心におけるものの見方・考え方を広く含むとする内心説の対立がありますが、いずれの立場に立っても、組織性や教義体系性を要件とすることはありません。思想・良心の自由の核心は、個人が内心でどのような考えを抱くかを国家が問題にしてはならないという点にあり、その考えが体系的であるか断片的であるか、組織に支えられているか個人的な信念にすぎないかは無関係です。もし組織と教義体系を要件とすれば、無数の個人的な良心が保護の外に置かれ、19条の意義は失われます。
第二に、比較の対象とされている信教の自由(20条1項)についても、固有の組織と教義体系を持つ宗教のみが保護されるわけではありません。信教の自由は、内心における信仰の自由、宗教的行為の自由、宗教的結社の自由を含みますが、その第一の柱である信仰の自由は、個人が内心で何を信じるかの自由であり、既成教団に属するか否かを問いません。個人的・非組織的な信仰も当然に保護されます。本肢は前提となる信教の自由の理解自体を誤っているため、そこから導かれる結論も成り立ちません。
ひっかけポイントは、「宗教」概念の広さです。判例上、宗教法人法や宗教団体としての性格が問題となる場面では組織性が意味を持つことがありますが、それは団体としての法的地位の話であって、個人の信仰の自由の保護範囲の話ではありません。関連知識として、思想・良心の自由の保障内容は、(1)特定の思想を強制されない自由、(2)思想を理由に不利益な取扱いを受けない自由、(3)沈黙の自由(内心の告白を強制されない自由)に整理されます。三菱樹脂事件(最大判昭和48年12月12日)は、私企業が労働者の採用にあたりその思想信条を調査し、これに関連する事項の申告を求めることも違法ではないとしつつ、憲法19条は私人間に直接適用されないという枠組みを示した重要判例ですので、あわせて確認しておきましょう。
結論:この肢は「誤り」。
判例は、謝罪広告の強制であっても、単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するにとどまる程度のものであれば、憲法19条に違反しないとしています。謝罪広告事件(最大判昭和31年7月4日)は、名誉毀損に対する原状回復処分として裁判所が新聞紙上への謝罪広告の掲載を命じ、これを代替執行の方法で強制することが問題となった事件です。最高裁は、謝罪広告を命ずる判決にもさまざまなものがあるとしたうえで、単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するにとどまる程度のものであれば、これを代替執行によって強制しても、債務者の人格を無視し著しくその名誉を毀損し意思決定の自由ないし良心の自由を不当に制限するものとはいえないとして、19条違反の主張を退けました。
理由づけとしては、名誉毀損の被害者の救済という要請があります。民法723条は、他人の名誉を毀損した者に対して、裁判所が被害者の請求により、損害賠償に代えて、または損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができると定めており、謝罪広告はその典型例です。金銭賠償だけでは失われた社会的評価を回復できない以上、真相の公表と陳謝の意の表明を命ずる必要性は高く、他方で、その内容が事実の告白と定型的な陳謝の表明にとどまる限り、内心の倫理的判断を強制する度合いは低いと評価されたわけです。
もっとも本肢の前段、すなわち19条が国家権力による内心の開示強制を禁止する(沈黙の自由)という説明自体は正しく、誤りは「それが事態の真相を告白し陳謝の意を表するに止まる程度であっても許されない」という後段部分にあります。判例の結論と正反対です。
ひっかけポイントは、この判決に付された少数意見です。田中耕太郎裁判官の補足意見は、謝罪広告の強制は倫理的な意思や良心の自由を侵すものではないとし、他方で藤田八郎裁判官の反対意見は、意思決定の自由を侵害するとして違憲としました。学説上も、内心の倫理的判断の表明を強制する点で19条違反とする批判が有力です。とはいえ試験で問われるのは多数意見の結論ですから、「陳謝の意を表明する程度なら合憲」と押さえてください。なお、強制執行の方法としての代替執行は、現行法では民事執行法171条に規定されています。