差止訴訟の要件と判例|行政事件訴訟法を解説
差止訴訟(行訴法3条7項・37条の4)の要件を徹底解説。「重大な損害」の判断基準、補充性要件、重要判例を整理して試験出題ポイントを押さえます。
差止訴訟は、行政庁が将来行おうとしている処分を事前に阻止するための訴訟類型です。2004年(平成16年)の行政事件訴訟法改正により法定化され、事後的救済である取消訴訟を補完する事前救済の手段として重要な役割を担っています。行政書士試験では、差止訴訟の訴訟要件(特に「重大な損害」と「補充性」)が頻出論点となっており、義務付け訴訟の要件との比較も頻繁に問われます。本記事では、差止訴訟の要件を条文に即して正確に解説し、重要判例と試験対策ポイントを整理します。
差止訴訟の全体像
差止訴訟の定義
この法律において「差止めの訴え」とは、行政庁が一定の処分又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている場合において、行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟をいう。
― 行政事件訴訟法 第3条7項
差止訴訟は、行政庁がまだ処分をしていない段階で、その処分をしてはならないことを命じる判決を求める訴訟です。取消訴訟が「すでにされた処分の取消し」を求めるのに対し、差止訴訟は「これからされようとしている処分の禁止」を求める点で、事前救済の性格をもちます。
差止訴訟が創設された背景
差止訴訟は、義務付け訴訟と同様に2004年改正前の行政事件訴訟法には明文の規定がありませんでした。改正前も無名抗告訴訟として差止めの訴えが理論上は可能と解されていましたが、実際に認められた例はほとんどなく、国民の事前救済として機能していませんでした。
取消訴訟では、処分がされた後でなければ訴えを提起できません。しかし、たとえば営業停止処分がされてから取消訴訟を提起しても、訴訟が終結するまでの間に営業活動が停止され、回復困難な損害が生じるおそれがあります。このように、事後的な取消訴訟だけでは十分な権利救済を図ることができない場合に備えて、事前救済の手段として差止訴訟が法定化されました。
抗告訴訟の体系における位置づけ
差止訴訟は、行政事件訴訟法3条に規定する法定抗告訴訟の一つです。抗告訴訟の体系における差止訴訟の位置づけを整理すると以下のとおりです。
義務付け訴訟と差止訴訟は、いずれも2004年改正で法定化された事前救済型の訴訟です。義務付け訴訟が「処分をせよ」という積極的な命令を求めるのに対し、差止訴訟は「処分をするな」という消極的な命令を求める点で対照的です。
差止訴訟の訴訟要件
訴訟要件の全体構造
差止訴訟の訴訟要件は、行政事件訴訟法37条の4に規定されています。差止訴訟を適法に提起するためには、以下の要件を全て満たす必要があります。
「一定の処分又は裁決がされようとしている」こと
差止訴訟は、処分がされる前の段階で提起する訴訟であるため、行政庁がまさに処分をしようとしていること(処分の蓋然性)が必要です。処分がされる可能性が全くない場合や、処分の見込みが極めて漠然としている場合には、この要件を満たしません。
もっとも、処分が目前に迫っていることまでは要求されません。行政庁が処分をする蓋然性が認められれば足りると解されています。たとえば、行政庁が調査を開始している場合や、是正指導を行っている場合には、その後に不利益処分がされる蓋然性があるとして、この要件を満たし得ます。
重大な損害を生ずるおそれ
差止めの訴えは、一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り、提起することができる。
― 行政事件訴訟法 第37条の4第1項本文
「重大な損害を生ずるおそれ」は、差止訴訟の最も重要な訴訟要件です。通常の損害では足りず、「重大な」損害であることが必要です。
「重大な損害」の判断基準
裁判所は、前項に規定する重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分又は裁決の内容及び性質をも勘案するものとする。
― 行政事件訴訟法 第37条の4第2項
37条の4第2項は、「重大な損害」の判断にあたって考慮すべき事項を明示しています。
この判断基準は、執行停止の「重大な損害」(25条3項)と同様の構造です。特に「損害の回復の困難の程度」が最も重視される要素であり、金銭賠償で十分に回復できる損害であれば、差止訴訟の「重大な損害」には該当しにくいとされます。
差止訴訟における「重大な損害」を判断するにあたっては、損害の回復の困難の程度を考慮するとともに、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案する。○か×か。
補充性の要件
補充性とは何か
ただし、その損害を避けるため他に適当な方法があるときは、この限りでない。
― 行政事件訴訟法 第37条の4第1項ただし書
差止訴訟の「補充性」とは、差止訴訟以外に損害を避けるための適当な方法がないことをいいます。他に適当な救済手段がある場合には、差止訴訟を提起することはできません。
「他に適当な方法」の具体例
「他に適当な方法」として考えられるものには、以下のようなものがあります。
ただし、「他に適当な方法」は実効的な救済手段であることが求められます。理論上は他の方法がある場合でも、それが実効的な救済を提供しないのであれば、補充性の要件は満たされると解されます。たとえば、取消訴訟を提起して執行停止を申し立てることが可能であっても、処分がされること自体によって回復困難な損害(社会的信用の毀損など)が生じる場合には、事後的な取消訴訟では十分な救済とはいえず、差止訴訟の補充性が認められる余地があります。
非申請型義務付け訴訟の補充性との比較
差止訴訟の補充性(37条の4第1項ただし書)と非申請型義務付け訴訟の補充性(37条の2第1項)は、ほぼ同じ文言で規定されています。いずれも「その損害を避けるため他に適当な方法があるときは、この限りでない」という規定です。
申請型義務付け訴訟には補充性の要件がない点に注意が必要です。これは、申請型義務付け訴訟が法令に基づく申請権の行使を前提としており、訴えの乱用のおそれが低いためです。
差止訴訟の本案勝訴要件
本案勝訴要件の内容
差止めの訴えが第一項及び第三項に規定する要件に該当する場合において、その差止めの訴えに係る処分又は裁決につき、行政庁がその処分若しくは裁決をすべきでないことがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ又は行政庁がその処分若しくは裁決をすることがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるときは、裁判所は、行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずる判決をする。
― 行政事件訴訟法 第37条の4第5項
訴訟要件を満たした上で、本案審理の結果、裁判所が差止判決をするための要件(本案勝訴要件)は以下の2つの場合です。
この本案勝訴要件は、義務付け訴訟の本案勝訴要件(37条の3第5項、37条の2第5項)と同様の構造になっています。
義務付け訴訟・差止訴訟の本案勝訴要件の共通構造
義務付け訴訟と差止訴訟の本案勝訴要件は、いずれも「法令の規定から明らか」又は「裁量権の逸脱・濫用」という2段構えになっています。
義務付け訴訟が「処分をすべきこと」を基準とするのに対し、差止訴訟は「処分をすべきでないこと」を基準とする点が異なるだけで、判断の枠組みは共通しています。
仮の差止め
仮の差止めの趣旨と要件
差止訴訟の判決が確定するまでの間に処分がされてしまうと、差止訴訟は意味を失います。このような事態に備えて、行政事件訴訟法は「仮の差止め」の制度を設けています(37条の5第2項)。
差止めの訴えの提起があった場合において、その差止めの訴えに係る処分又は裁決がされることにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があり、かつ、本案について理由があるとみえるときは、裁判所は、申立てにより、決定をもって、仮に行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずること(以下この条において「仮の差止め」という。)ができる。
― 行政事件訴訟法 第37条の5第2項
仮の差止めの要件は以下のとおりです。
仮の差止めと執行停止の比較
仮の差止めの損害要件は「償うことのできない損害」であり、執行停止の「重大な損害」よりも厳格です。これは、仮の差止めがまだされていない処分の事前阻止であり、行政庁の第一次的判断権を侵害するおそれがあるため、より慎重な要件が設定されているためです。
差止訴訟と取消訴訟・義務付け訴訟の総合比較
3つの訴訟類型の比較
差止訴訟を取消訴訟及び義務付け訴訟と比較して整理します。
差止訴訟に出訴期間がない理由
取消訴訟には出訴期間(処分を知った日から6か月、処分の日から1年)の制限がありますが、差止訴訟にはこのような期間制限がありません。これは、差止訴訟が処分前の訴訟であるため、「処分があったことを知った日」という起算点を観念できないためです。
ただし、差止訴訟は「処分がされようとしている」ことが要件であるため、処分がされる蓋然性がなくなれば、訴えの利益が失われることになります。また、処分がすでにされてしまった場合には、差止訴訟ではなく取消訴訟を提起すべきことになります。
差止訴訟の補充性の要件とは、差止訴訟以外に損害を避けるための他に適当な方法がないことをいう。この要件は、申請型義務付け訴訟にも同様に求められる。○か×か。
差止訴訟の重要判例
差止訴訟に関する裁判例の動向
2004年改正後、差止訴訟に関する裁判例が蓄積されてきています。差止訴訟の訴訟要件(特に「重大な損害」と「補充性」)の判断は、事案に応じて個別具体的に行われています。
差止訴訟が実際に争われた事案としては、課税処分の差止め、営業停止処分の差止め、免許取消処分の差止めなどがあります。裁判例においては、「重大な損害」の有無について、処分がされた後に取消訴訟で争うことで十分な救済が得られるかどうかが重要な判断要素とされています。
判例が示す「重大な損害」の判断の方向性
裁判例の蓄積から、以下のような判断の方向性を読み取ることができます。
- 生命・身体・健康への侵害: 処分によって生命・身体・健康に直接的な危険が生じる場合は、「重大な損害」が認められやすい
- 社会的信用の毀損: 営業停止処分等がされること自体により取引先との関係が断絶されるなど、事後的に回復困難な損害が生じる場合には認められ得る
- 金銭で回復可能な損害: 処分による損害が金銭賠償で回復可能な場合は、「重大な損害」に該当しにくい
差止訴訟と他の訴訟類型の選択
実務上、差止訴訟を選択するかどうかは、事案の性質に応じた判断が必要です。処分がまだされていない段階で事前に阻止する必要がある場合に差止訴訟が適しますが、訴訟要件(重大な損害・補充性)のハードルが高いため、処分後の取消訴訟(+執行停止)のほうが実効的な場合もあります。
行政書士試験では、事案を読んで適切な訴訟類型を選択させる問題が出題されることがあります。差止訴訟と取消訴訟の使い分けを理解しておくことが重要です。
試験での出題ポイント
択一式での頻出論点
差止訴訟に関する択一式の出題パターンは主に以下のとおりです。
- 訴訟要件の正確な理解: 「重大な損害」「補充性」の両方が必要であることが問われる
- 「重大な損害」の判断基準: 37条の4第2項の考慮要素(損害の回復の困難の程度、損害の性質・程度、処分の内容・性質)が正確に出題される
- 義務付け訴訟との要件比較: 差止訴訟と義務付け訴訟(申請型・非申請型)の訴訟要件の異同が問われる
- 仮の差止めと執行停止の違い: 損害要件が「償うことのできない損害」か「重大な損害」かの違いが問われる
- 2004年改正で法定化された訴訟: 義務付け訴訟と差止訴訟がセットで出題されることが多い
多肢選択式での出題パターン
多肢選択式では、37条の4の条文の穴埋めが出題される可能性があります。特に以下の文言がキーワードとなります。
- 「重大な損害を生ずるおそれ」
- 「その損害を避けるため他に適当な方法がないとき」
- 「損害の回復の困難の程度を考慮」
- 「行政庁がその処分若しくは裁決をすべきでないことがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らか」
- 「裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき」
記述式での出題可能性
記述式では、事案を読んで差止訴訟の訴訟要件を論じさせる問題が想定されます。たとえば、「Aに対する処分がされようとしている場合に、Aはどのような訴訟を提起すべきか」という問いに対し、差止訴訟の訴訟要件(重大な損害・補充性)と本案勝訴要件を40字程度で簡潔に記述する必要があります。
頻出のひっかけポイント
まとめ
差止訴訟に関する重要ポイントを整理します。
- 差止訴訟は2004年改正で法定化された事前救済の訴訟類型: 行政庁がまだ処分をしていない段階で、処分をしてはならないことを命じる判決を求める。取消訴訟(事後救済)を補完する役割を担う
- 訴訟要件は「重大な損害のおそれ」と「補充性」: 「重大な損害」の判断にあたっては、損害の回復の困難の程度を中心に、損害の性質・程度、処分の内容・性質を勘案する(37条の4第2項)
- 仮の差止めは「償うことのできない損害」が要件: 執行停止の「重大な損害」よりも厳格な要件であり、行政庁の第一次的判断権への配慮から慎重な運用がされている
差止訴訟は、義務付け訴訟とセットで2004年改正の目玉として法定化された訴訟類型です。試験では、差止訴訟の訴訟要件を正確に理解するだけでなく、義務付け訴訟(特に申請型と非申請型)の要件との比較ができることが重要です。条文の構造を正確に暗記し、各訴訟類型の要件の異同を整理しておきましょう。
よくある質問(FAQ)
Q1. 差止訴訟と取消訴訟はどのように使い分けるのですか?
差止訴訟は処分がまだされていない段階で提起する事前救済の訴訟であり、取消訴訟は処分がすでにされた後に提起する事後救済の訴訟です。処分がされること自体によって回復困難な損害が生じるおそれがある場合には差止訴訟が適していますが、処分がすでにされた場合には取消訴訟(+必要に応じて執行停止)を提起することになります。
Q2. 差止訴訟の補充性要件において、取消訴訟の存在は「他に適当な方法」にあたりますか?
処分がまだされていない段階では、取消訴訟はそもそも提起できないため、取消訴訟の存在をもって差止訴訟の補充性を否定することは通常ありません。ただし、処分がされた後に取消訴訟を提起して執行停止を申し立てれば十分な救済が得られる場合には、差止訴訟の補充性が否定される可能性があります。この点は事案ごとの個別判断となります。
Q3. 差止訴訟には出訴期間の制限がないということですが、いつでも提起できるのですか?
差止訴訟には取消訴訟のような法定の出訴期間はありません。しかし、差止訴訟は「処分がされようとしている」ことが前提であるため、処分がされる蓋然性がある限りにおいて提起可能です。処分がすでにされてしまった場合には差止訴訟の対象がなくなり、取消訴訟で争うべきことになります。
Q4. 差止訴訟と仮の差止めの関係はどのようになっていますか?
仮の差止め(37条の5第2項)は、差止訴訟の本案判決が確定するまでの間の暫定的な救済手段です。差止訴訟を提起した上で、「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」がある場合に申立てにより行います。仮の差止めが認められると、本案判決が確定するまでの間、行政庁は当該処分をすることができなくなります。
Q5. 差止訴訟の「重大な損害」と仮の差止めの「償うことのできない損害」はどう違いますか?
「重大な損害」(37条の4第1項)は差止訴訟の訴訟要件であり、「償うことのできない損害」(37条の5第2項)は仮の差止めの要件です。後者のほうが厳格な要件であり、単に重大であるだけでなく、金銭賠償等によっても回復できない性質の損害であることが求められます。これは、仮の差止めが本案判決前の暫定措置であるため、より慎重な判断が必要とされるためです。
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