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在外日本人選挙権訴訟|立法不作為と国家賠償を解説

在外日本人選挙権訴訟(最大判平成17年9月14日)を徹底解説。立法不作為による国家賠償が認められた画期的判例を、事案・判旨・出題ポイントで整理します。

在外日本人選挙権訴訟(最大判平成17年9月14日)は、海外に居住する日本国民の選挙権が制限されていたことについて、公職選挙法の規定を違憲と判断し、さらに立法不作為による国家賠償を認めた画期的な判例です。行政書士試験では、立法不作為の国賠法上の違法性の判断基準として極めて頻出であり、多肢選択式や記述式でも問われる重要判例です。本記事では、事案から判旨の詳細、従来判例との比較まで徹底的に解説します。

事案の概要

在外日本人選挙権訴訟は、海外に居住する日本国民(在外邦人)が、選挙権を行使する機会を与えられなかったことについて、立法不作為の違憲確認と国家賠償を求めた事案です。

在外邦人の選挙権をめぐる経緯

日本国籍を有する者が海外に居住している場合、国内の選挙人名簿に登録されず、選挙権を行使することができない状態が長年にわたって続いていました。この問題の経緯を整理すると以下の通りです。

年出来事1984年頃在外邦人の選挙権の問題が国会で議論され始める1998年公職選挙法改正により在外選挙制度が創設されるが、比例代表選挙のみに限定2000年在外選挙制度が初めて実施される(衆院選・比例代表のみ)2005年最大判平成17年9月14日で違憲判決2006年公選法改正により選挙区選挙でも在外投票が可能に

1998年の公職選挙法改正で在外選挙制度が創設されましたが、在外邦人が投票できるのは比例代表選挙に限られ、選挙区選挙(小選挙区選挙)では依然として投票ができない状態でした。

原告の主張

原告(在外邦人)らは、以下の主張を展開しました。

  1. 選挙権の制限の違憲性: 在外邦人の選挙権を比例代表選挙に限定し、選挙区選挙での投票を認めない公選法の規定は、憲法15条1項・3項、43条1項、44条に違反する
  2. 1998年改正前の完全な選挙権の否定の違憲性: 1998年改正前は在外邦人の選挙権行使が一切認められておらず、この状態を放置した立法不作為は違憲である
  3. 国家賠償請求: 立法不作為が国家賠償法1条1項の「違法」にあたるとして、損害賠償を請求

訴訟の法的構造

本件訴訟は、以下のように複数の請求を含む複雑な構造を有していました。

請求の種類内容違憲確認請求在外邦人の選挙権を制限する公選法の規定が違憲であることの確認選挙権確認請求次回の選挙区選挙において選挙権を行使する権利を有することの確認国家賠償請求立法不作為による損害の賠償

争点の整理

本判決では、憲法問題と国家賠償法上の問題が重層的に争われました。

争点1:在外邦人の選挙権の制限が違憲か

在外邦人の選挙権を比例代表選挙のみに限定している公選法の規定が、選挙権を保障する憲法の諸規定に違反するかどうかが争われました。

関連する憲法の規定は以下の通りです。

公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
― 日本国憲法 第15条1項

公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
― 日本国憲法 第15条3項

両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。
― 日本国憲法 第43条1項

両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。
― 日本国憲法 第44条

争点2:立法不作為が国賠法上の「違法」にあたるか

仮に選挙権の制限が違憲であるとしても、国会がこれを是正する法律を制定しなかった(立法不作為)ことが、国家賠償法1条1項の「違法」にあたるかどうかは別の問題です。

国会議員は国民全体に対する関係で政治的責任を負うにすぎず、個々の国民に対して法的義務を負うものではないとされてきました。そのため、立法不作為が国賠法上の違法となる場面は極めて限定的と解されてきました。

従来の判例:在宅投票制度廃止事件

立法不作為の違法性に関する従来のリーディングケースは、在宅投票制度廃止事件(最判昭和60年11月21日)です。

国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けない。
― 最判昭和60年11月21日(在宅投票制度廃止事件)

この基準は「憲法の一義的な文言に違反」する場合に限り違法となるという極めて厳格なものであり、事実上、立法不作為が違法となることはほぼないといっても過言ではない基準でした。

判旨:選挙権の制限の違憲性

最高裁大法廷は、まず在外邦人の選挙権の制限が違憲であるかどうかについて判断しました。

選挙権の重要性

最高裁は、選挙権の意義について以下のように述べました。

国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず、国民の選挙権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。
― 最大判平成17年9月14日(在外日本人選挙権訴訟)

さらに、選挙権の制限の合憲性審査について、厳格な基準を示しました。

そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、上記のやむを得ない事由があるとはいえず、このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは、憲法15条1項及び3項、43条1項並びに44条ただし書に違反するといわざるを得ない。
― 最大判平成17年9月14日(在外日本人選挙権訴訟)

在外邦人の選挙権制限は違憲

以上の厳格な基準を適用した結果、最高裁は在外邦人の選挙権を比例代表選挙のみに限定する公選法の規定を違憲と判断しました。

在外選挙制度を選挙区選挙にまで拡大することが事実上不能ないし著しく困難であるとは認められないとし、在外邦人の選挙権を比例代表選挙に限定することについてやむを得ない事由は認められないとしました。

確認問題

在外日本人選挙権訴訟(最大判平成17年9月14日)は、在外邦人の選挙権を比例代表選挙のみに限定する公職選挙法の規定を合憲と判断した。○か×か。

○ 正しい × 誤り
解説
在外日本人選挙権訴訟(最大判平成17年9月14日)は、在外邦人の選挙権を比例代表選挙のみに限定する公職選挙法の規定を違憲と判断しました。国民の選挙権の行使を制限するには「やむを得ないと認められる事由」が必要であり、在外選挙を選挙区選挙に拡大することが事実上不能ないし著しく困難とは認められないとして、やむを得ない事由は存しないと判示しています。

判旨:立法不作為の国賠法上の違法性

本判決の最大のポイントは、立法不作為が国家賠償法上違法となる場合の判断基準について、従来の判例を変更した点にあります。

新たな判断基準の提示

最高裁は、在宅投票制度廃止事件の厳格な基準を変更し、以下のような新たな基準を示しました。

立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は立法不作為は、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受ける。
― 最大判平成17年9月14日(在外日本人選挙権訴訟)

この新基準のポイントを整理すると、以下の2つの類型が示されています。

類型要件類型1立法の内容又は立法不作為が、国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合類型2権利行使の機会確保のための立法措置が必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合

在宅投票制度廃止事件との比較

従来の基準と新基準を比較すると、その違いは明確です。

項目在宅投票制度廃止事件(昭60)在外日本人選挙権訴訟(平17)基準憲法の一義的な文言に違反する場合権利侵害が明白な場合等厳格さ極めて厳格(事実上適用不可能に近い)緩和された(現実的な適用が可能)結論違法性否定違法性肯定

在宅投票制度廃止事件の「憲法の一義的な文言に違反」という基準は、憲法の条文に明文で禁止されている場合にしか適用できない極めて狭い基準でした。これに対し、在外日本人選挙権訴訟の「権利侵害が明白な場合」という基準は、文言に限らず実質的な権利侵害の明白性を問うものであり、適用の余地が格段に広がりました。

本件への当てはめ

最高裁は、本件について以下のように判断し、立法不作為の国賠法上の違法性を認めました。

在外邦人の選挙権の行使を妨げている状態が10年以上にわたって放置されてきたこと、在外選挙制度を全面的に導入することが技術的に不可能ではなかったことなどを考慮し、国会が在外邦人の選挙権行使を可能にする立法措置をとらなかった立法不作為は、国家賠償法1条1項の適用上違法であると判示しました。

ただし、損害賠償の額については、慰謝料として一人あたり5,000円が認められるにとどまりました。

判旨:確認訴訟の適法性

本判決は、立法不作為の違法性の問題に加えて、訴訟類型の点でも重要な判断を示しています。

公法上の当事者訴訟としての確認訴訟

原告らは、次回の選挙において選挙区選挙の投票をする権利を有することの確認を求めていました。最高裁はこの確認請求を公法上の法律関係に関する確認の訴え(行政事件訴訟法4条後段の実質的当事者訴訟)として適法と判断しました。

本件の確認請求に係る訴えは、公法上の法律関係に関する確認の訴えとして、確認の利益が認められる。
― 最大判平成17年9月14日(在外日本人選挙権訴訟)の趣旨

この判示は、行政事件訴訟法の分野でも重要な意義を有しています。従来、行政事件訴訟法4条の実質的当事者訴訟は活用例が少なかったのですが、本判決により、その活用の可能性が広がりました。

訴訟類型の整理

請求訴訟類型結論選挙権の確認公法上の当事者訴訟(行訴法4条後段)適法・認容違憲確認―不適法(却下)国家賠償国家賠償訴訟(国賠法1条1項)認容(一人5,000円)

試験での出題ポイント

在外日本人選挙権訴訟は、行政書士試験において最も出題頻度の高い判例の一つです。複数の出題形式で問われるため、正確な理解が不可欠です。

択一式での出題パターン

パターン1:立法不作為の違法性の判断基準

在宅投票制度廃止事件と在外日本人選挙権訴訟の基準の違いが問われます。「憲法の一義的な文言に違反する場合」(旧基準)と「権利侵害が明白な場合」(新基準)の違いを正確に区別しましょう。

パターン2:選挙権の制限の合憲性基準

「やむを得ないと認められる事由」の有無によって判断するという基準が問われます。

パターン3:訴訟類型に関する問題

公法上の当事者訴訟としての確認の訴えが適法とされた点が、行政事件訴訟法の問題として出題されます。

多肢選択式・記述式での出題パターン

特に立法不作為の違法性の判断基準は、多肢選択式・記述式で極めて頻出です。以下のフレーズは正確に暗記する必要があります。

  • 「立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利違法に侵害するものであることが明白な場合」
  • 「権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず」
  • 「国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合」

頻出のひっかけパターン

ひっかけ正解立法不作為は常に適法であり国賠の対象にならない例外的に違法となる場合がある立法不作為の違法性は「憲法の一義的な文言に違反する場合」に限られる在外選挙権訴訟で基準が緩和された在外邦人の選挙権制限は合憲とされた違憲と判断された確認訴訟は行政事件訴訟法上不適法とされた公法上の当事者訴訟として適法
確認問題

在宅投票制度廃止事件と在外日本人選挙権訴訟は、いずれも立法不作為が国賠法上違法となる場合の基準について同一の判断枠組みを示している。○か×か。

○ 正しい × 誤り
解説
在宅投票制度廃止事件(最判昭和60年11月21日)は「立法の内容が憲法の一義的な文言に違反している場合」に限り違法としていましたが、在外日本人選挙権訴訟(最大判平成17年9月14日)は「国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合」等に緩和しました。在外日本人選挙権訴訟は、在宅投票制度廃止事件の判例を実質的に変更したものです。

関連判例:立法不作為の展開

在外日本人選挙権訴訟の判断枠組みは、その後の立法不作為に関する判例にも影響を与えています。

再婚禁止期間違憲判決(最大判平成27年12月16日)

再婚禁止期間事件では、民法733条の再婚禁止期間(当時6か月)のうち100日を超える部分について違憲と判断されました。国家賠償請求については、在外日本人選挙権訴訟の判断枠組みを引用したうえで、本件では「国会が正当な理由なく長期にわたって改廃等の立法措置を怠っていたと評価することはできない」として、違法性を否定しました。

ハンセン病家族訴訟等

在外日本人選挙権訴訟の判断枠組みは、立法不作為が問題となる場面で広く参照されています。基準自体は緩和されましたが、実際に立法不作為の違法性が認められる場面は依然として限定的であることに注意が必要です。

立法不作為の違法性に関する判例の変遷

判例基準結論在宅投票制度廃止事件(昭60)憲法の一義的な文言に違反する場合違法性否定在外日本人選挙権訴訟(平17)権利侵害が明白な場合等違法性肯定再婚禁止期間事件(平27)在外選挙権訴訟の基準を適用違法性否定
確認問題

在外日本人選挙権訴訟で原告らが求めた選挙権の確認請求は、公法上の法律関係に関する確認の訴え(実質的当事者訴訟)として適法と判断された。○か×か。

○ 正しい × 誤り
解説
在外日本人選挙権訴訟(最大判平成17年9月14日)は、原告らの選挙権確認請求を行政事件訴訟法4条後段の公法上の法律関係に関する確認の訴え(実質的当事者訴訟)として適法と判断しました。この判示は、従来活用例の少なかった実質的当事者訴訟の活用可能性を広げたものとして、行政事件訴訟法の分野でも重要です。

まとめ

在外日本人選挙権訴訟(最大判平成17年9月14日)の重要ポイントを整理します。

  • 選挙権の制限の違憲性: 在外邦人の選挙権を比例代表選挙のみに限定する公選法の規定は、やむを得ない事由がなく、憲法15条1項・3項、43条1項、44条に違反する
  • 立法不作為の違法性の新基準: 「立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合」等には、国賠法上違法となりうる。在宅投票制度廃止事件の厳格な基準を緩和した
  • 確認訴訟の活用: 選挙権の確認を公法上の当事者訴訟(行訴法4条後段)として適法と認め、実質的当事者訴訟の活用可能性を示した

在外日本人選挙権訴訟は、立法不作為の国賠法上の違法性という論点で最も重要な判例であり、行政書士試験では多肢選択式・記述式を含めあらゆる形式で出題されます。判旨のキーフレーズを正確に暗記することが合格への近道です。

よくある質問

Q1. 在外日本人選挙権訴訟で実際に認められた賠償額はいくらですか?

本判決で認められた損害賠償額は、原告一人あたり5,000円です。選挙権の行使が妨げられたことによる精神的苦痛に対する慰謝料として認定されました。金額は高くありませんが、立法不作為による国家賠償を認めたこと自体に画期的な意義があります。

Q2. 在宅投票制度廃止事件の基準は完全に否定されたのですか?

在外日本人選挙権訴訟は、在宅投票制度廃止事件の判例を明示的に変更したわけではありませんが、立法不作為が違法となる基準を実質的に緩和しました。在宅投票制度廃止事件の「憲法の一義的な文言に違反する場合」という基準は、在外日本人選挙権訴訟の「権利侵害が明白な場合」という基準に置き換えられたと理解されています。

Q3. 立法不作為の違法性が認められるための「明白」とはどの程度の明白さですか?

在外日本人選挙権訴訟の判旨から推測すると、選挙権のように憲法が明確に保障する権利が長期間にわたって侵害されており、それを解消するための立法措置が技術的に可能であるにもかかわらず国会が対応しない場合に、「明白」と評価されると考えられます。ただし、再婚禁止期間事件のように、同基準を適用しても違法性が否定されるケースもあり、適用は慎重に行われています。

Q4. 実質的当事者訴訟とは何ですか?

実質的当事者訴訟とは、行政事件訴訟法4条後段に規定される「公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟」のことです。行政処分の取消しではなく、公法上の権利や法律関係の確認を求める場合に利用されます。在外日本人選挙権訴訟で選挙権の確認が認められたことにより、その活用範囲が広がりました。

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